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東京高等裁判所 平成5年(う)464号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年二月に処する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人岡村茂樹作成の控訴理由書記載のとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、原判決の量刑は重すぎて不当であり、被告人に対し刑の執行を猶予するのが相当である、というのである。

所論に対する検討に先立ち、職権をもつて記録を調査して検討するに、原判決は、訴因変更手続を経ることなく、訴因と異なる原判示第二の事実を認定した訴訟手続の法令違反があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

すなわち、記録によると、起訴状記載の公訴事実は、「被告人は、・・・、業務として前記自動車を運転し、前記場所先の信号機により交通整理が行われている交差点に、越谷市方面道路から、時速約六〇キロメートルで差しかかり、同交差点を東京都方面に向かい直進しようとした際、同交差点の同方面出口に設置された対面する信号機が赤色を表示していたのを、同信号機手前約七八メートルにおいて認めたのであるから、同交差点進入前停止できるよう、直ちに減速あるいは徐行し、もつて、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、先を急ぎ、右対面信号機は間もなく青色に変わるものと軽信し、漫然前記速度で進行を継続した過失により、同交差点進入直前、なお、右対面する信号機が赤色を表示していたのを認め、次いで、折から、同交差点右方道路から進行して来たA子(当五五年)の運転する普通貨物自動車(軽四)を右前方約一三・二メートルに認め、急制動の措置を取つたが間に合わず、同交差点ほぼ中央において、同車前部に自車右側部を衝突させ・・・」というのであるのに、原判決は、罪となるべき事実として、「被告人は、・・・、対面する信号機が赤色を示しているのを同信号機の約七八メートル手前で認めたので、直ちに減速して交差点手前で停止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、右信号機の表示が間もなく青色に変わるものと軽信し、減速せず前記速度のまま進行し、赤色信号を表示している同交差点内に進入した過失により、折からA子(当時五五歳)の運転する普通貨物自動車(軽四)が青色信号に従い、右方道路から同交差点内に進行してきたのを右前方約一三・二メートルに認め、急制動の措置を取つたが間に合わず、同車前部に自車右側部を衝突させ、・・・」と認定摘示していることが認められる。そして、両者を比較してみると、本件訴因は、約七八メートル手前で対面する信号機が赤色を表示していたのを認めたことを前提に、被告人に、同交差点進入前に停止することができるよう、減速あるいは徐行すべき業務上の注意義務を課し、被告人が、これを怠り、漫然と前記速度で進行を継続した点を過失としてとらえているのに対し、原判決では、同様の具体的状況を前提としながら、被告人に直ちに減速して交差点手前で停止すべき業務上の注意義務を課し、被告人が、これを怠り、減速せず前記速度のまま進行し、赤色信号を表示している同交差点内に進入した点を過失としてとらえているのであつて、両者には被告人の注意義務と過失の内容につき重要な差異があることは明らかであり、縮小認定が許される場合でないことも明らかである。してみると、本件について原判決のように認定するには、訴因変更手続が必要であるというべきであるところ、記録上原審においてそのような手続がとられた形跡は認められず、したがつて、原判決には、必要な訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる事実を認定した、訴訟手続の法令違反があるものというべく、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである(なお、原判決は、交差点で停止すべき業務上の注意義務があるとするが、時速約六〇キロメートルで走行中、対面する信号機が赤色を表示しているのを原判決が認定する時点で認めた場合に、交差点進入前に停止することができるよう、減速・徐行すべき業務上の注意義務があるというべきであるが、直ちに減速して交差点手前で停止すべき業務上の注意義務があるとはいえない。)。

そして、原判決は、原判示第一の事実(酒気帯び運転)と併せて、両者を刑法四五条前段の併合罪の関係にあるものとして、一個の刑を言い渡しているので、原判決は全部について破棄を免れない。そこで、量刑不当の所論に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書を適用して、被告事件について更に判決する。

(罪となるべき事実)

原判示第二の記載を次のとおり改めるほか、原判示のとおりである。

「第二 前記日時ころ、業務として前記自動車を運転し、前記道路を越谷市方面から東京都方面に向かい時速約六〇キロメートルで進行中、前同所先の信号機により交通整理の行われている交差点の進行方向出口に設置された対面する信号機が赤色を表示していたのを、同信号機手前約七八メートルにおいて認めたのであるから、同信号機の赤色表示が続くときは同交差点進入前に停止することができるよう、減速・徐行するなどし、もつて、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、先を急ぐ余り、右信号機の表示が間もなく青色に変わるものと軽信し、漫然前記速度のまま進行を続けた過失により、同信号機手前約四一・五メートルにおいて同信号機が赤色を表示していたのを認めたもののそのまま直進し、同交差点進入直前に、折から同交差点右方道路から進行してきたA子(当時五五歳)の運転する普通貨物自動車(軽四)を右前方約一三・二メートルに認め、急制動の措置を取つたが間に合わず、同交差点ほぼ中央において、同車前部に自車右側部を衝突させて同人を車外路上に転落させ、よつて、同人に頭部外傷等の傷害を負わせ、同日午後九時二〇分ころ、東京都足立区《番地略》甲野病院において、同人を右傷害による頭蓋内損傷により死亡するに至らせた」

(証拠の標目)《略》

(法令の適用)

原判示のとおりである。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、対面する信号機が赤色を表示していたのを認めながら、間もなく青色に変わるものと軽信し、減速・徐行することなく、時速約六〇キロメートルで交差点に向かつて進行し、結果的には赤信号を無視して交差点に進入して、青色信号に従い進入してきた被害車両と出会い頭の衝突をしたというものであり、過失の内容はきわめてよくないこと、しかも、その際被告人は酒気を帯びて運転していたものであること、死亡事故であり、結果は重大であること、被害者には何ら落度はなく、遺族は被告人に対し厳重な処罰を望んでいること、被害者側との示談も成立していないことなどに徴すると、その犯情は芳しくなく、被告人の刑事責任は重いというべきである。

したがつて、被告人は本件を深く反省していること、本件事故が原因で勤務先を解雇されるなど、既に相応の社会的制裁を受けていること、被告人運転車両には対人無制限の自動車損害賠償保険が掛けられており、将来遺族に対し相当額の損害賠償金が支払われることは確実であること、被告人はこれまで真面目に仕事をしてきており、前科等もないことなど、被告人のために酌むことができる諸事情を十分考慮してみても、本件は被告人に対しその刑の執行を猶予すべき事案であるとは認められず、被告人に対しては主文掲記の実刑をもつて臨むのが相当である。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田良雄 裁判官 阿部文洋 裁判官 毛利晴光)

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